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制作過程DVD出ます
2007/08/04 15:25 |
Artis / 京都 今出川ギャラリー様から、私の制作過程を
録画したDVDを発売いただくことになりました。

http://www.artis-web.jp/

まだ準備に入ったばかりですし、9月までにかたずけなければ
ならない仕事もあるので、完成はいつになるのか未定です。
価格も未定ですが、けっこうなお値段になってしまいそう
なので、「買って損した」ということにならないよう責任重大。
描いてる途中に喋る事が出来ないのでアフレコになりますが、
それでもためしにやってみるとしどろもどろ。
お見苦しく、お聞き苦しい物になりそうですが、自分の持ってる知識を
出来るだけ盛り込むつもりです。

そこで、私の制作方法というものについて、説明しておく
必要があると思いますので、以下長々と書かせていただきます。
(私の描き方の概要は、過去のブログの「制作過程」を御覧下さい)

まず触れておかなければいけないのは、私は行わない
「グリザイユ」についてです。

「グリザイユ」技法とは、白と黒で(グリ=灰色)細部まで描きおこし、
それにグレーズ(仏語グラッシ・薄い透明な絵具の層をかけて着色
すること)をほどこして仕上げるというやりかたで、対して固有色で
不透明に直接描いていく方法を「プリマで描く」といいます。

海外でもそのような傾向があるようですが、日本では西洋古典絵画は
「どれも」グリザイユで描かれていてるとかたくなに信じて、それ
以外の描き方は古典絵画ではないし、写実絵画はグリザイユで描かれ
るべきものであると考える方は沢山いらっしゃいます。

それは無理からぬ話で、なぜならそう思わせる、あるいは言い切って
いる技法書や権威と思われている画家が多いからです。

しかしながらちゃんと古画の実物を観察したり、実際にグリザイユで
描いてみた人の多くは気がつくのですが、たとえばこの絵は
グリザイユではぜったいにこのようにはなりません。

P1000087.jpg



この絵は「ブック・レビュー」で紹介したヴァン・ダイクの
本に出ている、1620年頃の
作品です。
ヴァン・ダイクは17世紀の標準的な画法で描いている画家の
一人だと思いますし、この作品はニスの洗い過ぎで地まで
露出してしまっているのでとりあげました。

私の目にはこの絵は、フラットに塗られた灰色の地に、
エボーシュ(褐色の粗描き)で陰影をほどこし、固有色で
プリマ描きしているように見えます。
グリザイユの痕跡はどこにも見当たりません。

目の周り、髪のはえぎわ、口の周り、陰影との境等に
見える寒色トーンをグリザイユの透けたものと見る方が
いらっしゃいますが、この部分は西洋絵画では寒色を置く
場所ということが定石になっており、そこに色として
プリマにおいてあります。(おそらく肌色とブラックを
混ぜて作っています)

P1000072.jpg

P1000074.jpg

P1000073.jpg


2番目3番目は同じ絵の部分、4番目はダイクの1630年代の
作品で、地の色は分かりませんが、やはり「エボーシュに
プリマ」がみてとれますが、グリザイユは見当たりません。


いわゆる「西洋古典絵画」とは、英語でいう「オールド
マスター」たちの絵であり、ルネサンスから19世紀始め
までの画家たちをさします。

しかし、ルネサンスの頃の描き方と、バロックの頃の
描き方は大いに違います。

私はルネサンス美術はさほどには関心がないので、どんな
風に描いてあるのかじっくり観察はしてないのですが、
初期・中期ルネサンスは、おおむね平滑な地に薄い絵具層で
描かれています。輪郭がはっきりしているものが多く、髪の
毛が一本一本描かれている作品が多いというのも特徴です。

後期ルネサンス、ティツィアーノ前後から、絵具はこってり
塗られるようになり、髪の毛も次第に一本一本描かない画家が
ふえてきます。

これは油絵の草創期、多くの絵具が汁状でしか作られていな
かったのに対して、次第に改良によって、不透明にこってり
塗る事が出来るようになってきたために、違いが出て来た
ものと思います。
したがってバロック・ロココとルネサンスの描き方をまとめて
「古典技法」と呼んでしまう事が、いっそう混乱させ、
誤解を招いているように思えます。

汁状の絵具だと、下が透けてしまう為に、グリザイユ
(あるいはそれに類した)の下層描きも行われたでしょう。
(ルネサンスの画家も、不透明に置ける所は不透明に描い
ています。たとえば人物の肌等。)
しかしながら、不透明に被覆出来るようになれば、下層を
細かく描くことは、あまり意味を持ちません。

西洋絵画は西洋人の徹底した「合理主義」が生み出した
画法であり、さらに彼らは今と違って職人としての側面が
強い画家たちです。
職人は、理にかなわない、無駄な工程は当然はぶくもので、
固有色で一発で描けるものを、わざわざ時間と手間のかかる
グリザイユで描いたりしなくなるのは自然な流れです。

グリザイユ(またはそれに類する方法)はバロック時代には、
使われてはいるものの、主要な技法では無くなって、
プリマが中心になっています。
(グリザイユが使われていると思われるのは,赤や青等々、
当時こってり塗れる絵具でなかったものを使用する時に
行われたと思いますが、赤はライトレッド、青は褐色の
モデリング上にグレーズすることが多いように思います)
(これは画家によってさまざま)

また、他に混乱の要因となっているのは、油絵という
ものは画家の数ほど描き方があり、また、一人の画家の中
でも、そのときその時によって、描き方や画材に変化と
バリエーションがあるのに、「古典技法」というものを、
ひとつの描き方と集約して考えることにありますが、
それははなからナンセンスです。

最近美術館では、近づいて観察していると監視員さんに
すぐにたしなめられる事が多くなりましたが、本に書いて
ある事や「権威」の言う事を鵜呑みにするのではなく、
ぜひ自分の目でじっくりとオールドマスターの作品を観察
して下さい。

灰色の地や褐色の地が見えてくるでしょうし、そこに何層か
重ねている絵もあれば、一層で仕上げている絵もあることが
見えてくると思います。

そのような事を理解した上で、グリザイユで制作している現代の
作家さんも多くいらっしゃいます。
そういう制作工程の方が気質や好みにあっていたり(より緻密に
描きたい時に、色が邪魔とか)、ルネサンス絵画のもっている、
奇妙な写実感覚の面白さを取り入れたい方とか、下層のグレイを
利用して肌色を表現したいとかいった理由でグリザイユを取り
入れていることを、批判する意図は一切ありません。

困るのは、「古典絵画はすべて薄い層を何層も何層も重ねて描く
もので、それ以外は近代の方法だ」と決めつけておられる方が
多い事です。

(アングルはオールドマスターの最後(または近代の最初)に位置
する画家ですが、この人の作品にはグリザイユが散見します。
画集で見てのことなので絶対そうだとは言い切れないものの、
「ロスチャイルド男爵夫人」と「ブロリ公爵夫人」のスカート
は、まさに白黒のグリザイユ下地に、それぞれ赤と青の
グレーズがかけてあるようです。
P1000081.jpg

P1000084.jpg

P1000086.jpg



しかしアングルは、ホルバインに傾倒していたそう
なので、その技法の復興としてこのように描いていた
のではないかと推測しています。( 本をちゃんと読んで
ないのであくまで推測ですし、逆にすでに本に書いてある
有名な事柄かもしれません)(あるいは新古典主義画家の
流行か?)(ホルバインがグリザイユもしくはそれに近い技法で
描いてたかどうかは知りません)

そしてこの2点は、どちらも肌は固有色で不透明に
塗られており、グリザイユには全く見えません。
髪などの部分に、下層に塗られた褐色がかすかに
のぞいています。

このように臨機応変に色々な技を使うのが、正しい
「古典画法」であり、全部グリザイユで仕上げなければ
ならないと「決めつける」のは間違っています。
(全部グリザイユで描く事自体は間違いとは言いません。
本人の意思・意図であるなら)

私も、バーントアンバーと白で「カマイユ」(グリザイユ
の褐色版)に近い事はよく行います。
たとえばブログに出しました男の子の濃い青の服は、
カマイユ下地が少し透けるくらいにウルトラマリンを
フラットに塗り、暗部・明部を強めるといった、カマイユの
応用です。

また、私はテンペラ下層描きというものはしません。
私にとって、とりたてて必要が無いし、古典画家も
みんなやってるわけではないようです。
バロック・ロココの画家でそういう痕跡を残している
作例が沢山あるでしょうか?
上のダイクのエボーシュも、どうみても油です。

また聞きなのでニュースソースにあたって確認して
ないのですが、最近の研究ではファン・アイクでさえ、
テンペラをそんなには使ってないということを聞きました。

専門家とか権威とかいう人たちの言葉は無批判に
受け入れがちですが、実際はいいかげんだったりします。
無責任な言動の横行が、古典絵画技法というものを
分かりにくくさせています。

さて、私の描き方についてですが、以前にも書きました
ように、私は昔の画家達がどのように描いたか知りません。

「知っている」と自信満々な人ほど、まるで分かって
無い事が多いようです。
前述のように画家によってやりかたも違うので、
フェルメールとベラスケス(少し世代が違いますが)でさえ、
互いにどうやって描いているのかは、たがいに聞いて
みないと、しかとは(あるいは細かく)分からなかった
だろうと思います。

ただ、私の描き方が、とんでもなくかけ離れている
とも思いません。
もちろん画材は当時の物とはかなりかけ離れた物に
なっていますが、ふつうに固有色でプリマで描くと
いうことが中心で、必要に応じてグレーズだのなんだの
という小技を投入していくという、ある意味あたりまえで
「普通な」描き方だからです。
(言うまでもない事ですが、「描き方に対する考え方」が
かけ離れてはいないと思う、という話で、私が「描けてる」
とは考えてませんから。念のため)

プリマの手順としては私のようにはじめ中間トーンを
全体に塗ってから、明部と暗部を入れていくやり方と、
それぞれのトーンをモザイクのようにバラバラに入れて
いく方法等があります。
モザイク描法(と、とりあえずここで呼びます)は、
印象派人気のせいで、以後「正しい描法」と認識され、
3段階描法(仮称)はどちらかというとすたれていますが、
私が3段階描法を採るのは

・モザイク描法はバラバラのトーンをつなげあわせて
塗り残しを埋めて行くのが骨が折れ、3段階描法の方が
仕事効率がよい。

・3段階描法は、いったんフラットにするので、どこを
どれだけ濃くしたり明るくしたりすればよいか、俯瞰しやすい。

・3段階の方が色に統一感が作りやすい。(彩度や暗部が混色で
鈍くなったら、乾燥後グレーズ等で調整すればよい)

といった理由です。
もちろんそれは私個人の好みや気質からくる判断であり、
モザイク描法の方が自分にあっていればそれでよいのです。
どちらが正しくてどちらが間違っているという問題では
なく、それはグリザイユ描法も同じ事です。

私もトーンの大きさ等によっては、はじめに全体を塗り
つぶさず、中間トーンと濃い影のトーンを分けて始める
事もあり、そのへんは臨機応変に変えます。

古典画ではどちらが多く使われているか、そういう
意識で見てこなかったので今なんとも分かりませんが、
3段階描法が古典においてかなりスタンダードな
やりかたのひとつであったことは間違いないと思います。
モザイク描法の作例も未完成作品によく見られます。

繰り返しになりますが、どの方法を選択するかは、
個々人の気質や好みで選べば良く、自分が望むような
仕上がりになるのはどの方法か、ということを判断の
基準にして下さい。
「昔の画家達は気の遠くなるような時間をかけて薄い
絵具層を何層も重ねて描いていった」というのは、
一部の画家にはあてはまっても、古典画家全体にはあて
はまりません。巨匠達の絵を子細に観察すれば、けっこう
早描きだったり、テキトーに描いてあったりする事が
容易に見いだせます。

また、私は以前は膠+亜鉛華+石膏出下地を作っていまし
たが、展示中ライトの熱でヒビが入ることが続き、普通の
市販キャンバスに替えました。
膠でこしらえた地にヒビが入っている事は、他の画家さんの
絵にもしばしば見いだせるので、私のやり方のまずさだけ
ではないようです。
危険な物は避けたいし、私は市販キャンバスに特に何も
支障をかんじていません。
(私の好きな19世紀のアカデミズム絵画の中にも、
キャンバス目が残してある物は多いですし。)

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