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ふたたび「グリザイユ」について
2011/01/19 08:02 |
1月20日発売の美術の窓2月号の拙稿「技法講座(中編)」では、上層描きに入ります。



↓「中編」見本
スクリーンショット(2011-01-21 20.51.00)スクリーンショット(2011-01-21 20.51.41)スクリーンショット(2011-01-21 20.52.33)スクリーンショット(2011-01-21 20.53.08)スクリーンショット(2011-01-21 20.53.39)
スクリーンショット(2011-01-21 20.54.08)スクリーンショット(2011-01-21 20.54.39)スクリーンショット(2011-01-21 20.55.07)


今回「古典的描法による油彩表現」と題されていますが、「古典絵画はすべてグリザイユで描かれている」と教えられてきた方達には疑問を感じている方もいらっしゃるかもしれません。

その事については「後編」の末尾にふれる予定ですが、なにぶん誌面の都合もあって、例を示したりして説明する事が出来ませんので、グリザイユについての考えをあらためて述べさせていただきたいと思います。

グリザイユについては以前ブログの「制作過程DVD出ます」http://paintingsfuruyoshi.blog56.fc2.com/blog-entry-66.htmlで縷々書きましたが、ロンドンのナショナルギャラリーのホームページ(http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/explore-the-paintings/browse-by-century/*/chooseSecond/1660/)が作品の拡大画像を提供してくれていますので、主にこれを利用してさらに詳しく考えていきたいと思います。

かなり長くなるのであらかじめ要旨等を簡単に書いておきます。

・古典絵画は「すべて」グリザイユやカマイユで描かれているというのは誤解である。
・古典絵画では、グリザイユやカマイユは部分的に使われているが、画面全体に使われている例は非常に少ない。
・古典絵画への誤解を解くのが本稿の主旨で、現代においてあえてグリザイユ/カマイユで作画することを批判する意図は一切無い。
・本稿では「グリザイユ」とは「白と黒の絵具を基調にモデリングした灰色の下層描きに、グレーズで彩色して仕上げる油彩技法」という意味で使う。(厳密な意味で正しい呼称かどうかというめんどくさいことは横に置いといて)
・本稿では「カマイユ」とは本来の正確な意味は横におき、便宜上「グリザイユの褐色版」という意味で使う。
・本稿では「古典絵画」とは15世紀から19世紀始めまでの絵画とするが、19世紀後半のブグロー等もついでにふれる。

まず、本物の「グリザイユ(Grisaille)画」というものがあります。
本物の「グリザイユ画」というのは、主として装飾画として描かれたもので、これらの作品をグリザイユ技法の下層描きの例と思っていらっしゃる方は多いのですが、これはこれで完結している状態です。
たとえばこの↓アンドレア・デル・サルトの壁画とか(これは褐色が入っているようですが)。
abs2.png

あるいはこういうもの。

gl.jpg



また、版画の原画としてグリザイユで描かれる場合もあり、ここ(http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Adam_de_coster_by_Anthony_van_Dyck.jpg)の「NOTES」に解説されている様に、ヴァン・ダイクの
この↓作品も版画の原画で、未完成で残されたグリザイユ下描きではありません。

avd.jpg


現代の写実画では徹底した細密描写の作品が多いのですが、そのような絵を描く場合、固有色でプリマに描く事は難しいものですが、単色モデリングにすれば色に煩わされずにゆっくりと徹底的に細部を描いたり緻密にグラデーションが出来るため、グリザイユは現代写実にはむいていると言えます。

一方古典画家の大多数は、現代写実画ほど厳密に対象を画面に再現することに最重点を置いている訳でも無いので、グリザイユで画面全体を描いた画家はほとんどいないか、いたとしても非常に小数派となります。

古典絵画で「グリザイユ/カマイユ技法」が使われたのは、主としてローズマダーの様な透明色(不透明に厚く塗れないので、そのままでのモデリングが困難)や、ラピス・ラズリの様な透明ないし半透明で非常に高価な絵具を使う様な場合です。そのような作例は沢山ありますが、肌色等は不透明にモデリング出来るためグリザイユを行う必要が無く、そのため当然の事として古典絵画では作例が多くありません。

「でも専門家が本や授業で古典絵画は全部グリザイユだと言っていた」と、納得いかない方も多いと思いますが、専門家の言う事や活字になっている事が常に正しいと思ったら大間違いで、客観的で科学的な裏付けが無い無責任な発言でも、ノーチェックで流されてしまっているだけです。

前置きが長くなりましたが、色々な作品からグリザイユ/カマイユの有る無しを見て行きたいと思います。
プリマの例が多くなりますが、意図的にグリザイユの例を出さない様にしている訳では無く、部分的なグリザイユは多々あるものの、画面全体、もしくはほとんどがグリザイユで描かれた様な例はほとんど見つける事が出来ませんでした。

私は15,16世紀の絵にはあまり関心が無くてじっくり観察してこなかったので、この時代にグリザイユが多いのか少ないのかよくわかりません。
私が本稿で書きたいのは、17~19世紀にかけてもグリザイユで描かれていると思われている事への反論なので、15,16世紀についてはあまりふれません。

★伝レオナルド・ダ・ヴィンチ 15-16世紀
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この絵はダ・ヴィンチ本人の作ではない疑いが濃いが、少なくとも弟子の作と考えられるダ・ヴィンチと同時代のレオナルド派の作品。
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この絵は見た感じ全体がグリザイユで描かれている様に思える。グリザイユと言っても、黒とバーントアンバーの様な褐色で描かれている。
 (このように黒だけでなく、褐色も使ったものもグリザイユと呼んでいいのかどうかは知らないが(カマイユと呼ぶ方がより正しいのかも知れないが、どう定義されているのかは私は知らない。)、「グリザイユ画」と呼ばれている装飾画にも黒と褐色を組み合わせたものが多く見られるし、本稿では呼称が正しいかどうかはどうでもよく、話の本筋ではないので横において、とりあえずグリザイユとよぶ。)
このように人体も単色(厳密には2色)モデリングというのは珍しい。タッチを残さない様に繊細で緻密なスフマートを行うためと、固有色で同じ箇所に加筆を繰り返すのは毎回色が同じにならないので困難なため、このような方法をとったものと思われ、ダ・ヴィンチが同じ絵に加筆を繰り返していたという伝承や、最近の研究で分かった、指や手のひらでで絵具をぼかしていたという話とも合致している。(ダ・ヴィンチの真作にもこのように顔までグリザイユで描いてあるものがあるのかどうかは分からないが)
l3.png
l4.png

油絵初期は透明ないし半透明の半汁状が多かった絵具が、16世紀ころからこってりとしたペースト状の絵具が増え、プリマで描く事が主流となってタッチも生かすようになったので、人体までグリザイユで描く例は17世紀にはほとんど見られなくなる。

★カタリナ・ヴァン・ヘメッセン 16世紀
cvh3.png

プリマで顔を描いていて、グリザイユは見当たらない。


★ルーベンス 17世紀
ppr1.png


この作品はローシェンナ+白の様な色で塗られた地を生かしながらプリマに描かれているのが、所々露出している地から分かるが、赤い布は暗部を褐色で、明部を灰色でモデリングして透明色であるローズマダー?でグレーズしている様に見える。グリザイユ(カマイユ)を併用しているが、絵全体としてはプリマが基本となっている。
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★ルーベンス 17世紀
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海綿で塗った?ために筋の入った黄褐色の地にプリマで描かれているが、赤い布やグリーンの布は単色モデリングに透明ないし半透明の絵具をかけている様に見える。
スクリーンショット(2011-01-09 22.05.38)
スクリーンショット(2011-01-09 22.05.55)


肌に所々見える青っぽい色は、上層描きの際入れていて、グリザイユが透けて見えているのではない事が見てとれる。
スクリーンショット(2011-01-09 22.06.20)



★ヴァン・ダイク 17世紀
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この絵は灰色の地塗りを巧みに利用して描かれていて、所々地の色を露出させて暖色とのハーモニーを奏でている。部分的にはグリザイユやカマイユがありそうだが、ほとんどの部分はどうみてもグリザイユでは無くプリマに見える。
v2.png

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グリザイユと思う方は絵の端を見ていただきたい。フラットに塗られた灰色からいきなり固有色のプリマになっていて、灰色モデリングの痕跡は無い。
     ↓
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バックの風景は、透明ないし半透明のグリーンを深める為に、灰色地の上に褐色を薄く塗ってからグリーンを
重ねている様に見える。
v6.png


★ヴァン・ダイク 17世紀
d1.png

肌はプリマだが、青や赤の布はカマイユで描かれている様に見える。
なぜ肌はプリマと言い切れるかというと、肌色をグリザイユにグレーズで描くと沈んだ色調になり、絶対にこういう肌色にはならない。

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d3.png


レンブラント 17世紀
r1.png

地に塗られたローシェンナの様な色が所々透けて見えるが、プリマには見えてもグリザイユが顔に行われている様には見えない。
r2.png

r3.png

レンブラント 17世紀
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地の黄褐色を生かしながらプリマで制作。グリザイユだと言う人がいたら、左の赤いトーンなどはどうやって塗るのか聞いてみたい。
r7.png

こんなに絶妙な色とタッチでプリマに描いてみせているのに、グリザイユだけで描いていると思われるのはレンブラントにとって心外であろう。

フェルメール 17世紀
vr.png

フラットに塗られた灰色の地に、チョーク(おそらく)で輪郭を描き彩色しているが、グリザイユは見られない。(言うまでもないが「灰色地に描く」事と「グリザイユで描く」事とは全く違う。)

ル・ナン 17世紀
n.png

灰色地にプリマ。グリザイユは無い。この時代は褐色地も多いが暗めの灰色地も多いので、下層がグリザイユと勘違いされる一因かもしれない。

誰だか知らない17世紀イタリアの画家
i.png

バックがすでに塗られた状態に(花を描く場合は私もこうする)チョークで輪郭を描き、プリマで描いている。

フィリップ・ド・シャンパーニュ 17世紀
pc.png

画像が小さいので確証は無いが、この鮮やかな青とピンクはグレーズと思われる。下にはグリザイユが行われている様に思える。肌はプリマであろう。

ゴッドフリー・ネラー 17世紀
g.png


フェルメールの様にやや暗い灰色(灰褐色?)地にプリマで描いている。

ヴィジェ・ル・ブラン 18世紀
vl.jpg

固有色での制作。グリザイユは見られない。
vl2.png


ギルバート・ステュワート 18世紀
gs2.png

プリマでの制作。馬や手がバーントアンバー?でおおまかな輪郭と影だけ粗描きされている。

ジョージ・ロムニー 18世紀
ジョージ・ロムニー

同様に粗描きでプリマ。


ベンジャミン・ウエスト 18世紀
bw.jpg

明灰色の地に固有色による下層描き。言うまでもないがどこにもグリザイユは行ってない。

サー・トーマス・ローレンス 18-19世紀
stl.png

プリマ描き。

アングル 19世紀
ing.jpg
この作品が完成作なのか、これに固有色をグレーズするつもりだったのか、少し調べてみたが分からなかった。
もし「グリザイユ技法」で描くつもりだったとしても、アングルがいつも画面全体をグリザイユで描いていたわけでは無い事は下の未完成の作品からも分かる。
in9.png

in.jpg

とはいえこの↓自画像については顔の色調が不自然でグリザイユっぽく見える。
(先日ウフィツィ美術館展で実見したが、ニスで画面がくすんでいたのではっきりとどちらかは分からなかった)
ia.png



アルマ=タデマ 19世紀
al1.png

このまま一気に仕上げるつもりだったのか、下層描きとして固有色でざっと描き、いったん乾かして塗り重ねるつもりだったのかは分からないが、グリザイユは行っていない。
al6.png


ブグロー 19世紀
WG1.jpg

白鳩はグリザイユではない。「途中でやめたグリザイユ」と思う方には女性の足先を見ていただきたい。グリザイユできっちりモデリングしているのではなく、固有色でざっと描いているのが分かる。

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ブグロー 19世紀
w8.png

プリマで描かれたこれらは習作ではあるが、グリザイユなど行う必要がまったく無い事が分かる。
wg9.png

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カムッチーニ 19世紀
Camuccini.png

グリザイユは行っていない。


ここまで見ていただいてお分かりいただけるのは、古典絵画で使われた技法の多様さで、時代や画家によって、というよりも、作品によって様々な工程や技法のヴァリエーションがあり、グリザイユは多くの技法の中の1つにすぎないという事です。けして「古典画すべてがグリザイユで描かれている」という様な単純なものではありません。
古典絵画はけっこう何でもアリでかなり自由に描いていると思って下さい。
地の色も様々ありますし、下層描きも単色もあれば固有色下層描きもありますが、地からいきなり上層描きしているものがけっこう多いということもお分かりいただけたと思います。


と、いうわけで私の技法講座は「古典技法」ではありませんが(たとえば絵具の顔料も同じようで違いますし、粘稠度も古典時代とはまったく違いますから)、「古典的描法」とさせていただきました。


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制作過程


フジタの乳白色
2011/01/13 10:26 |
今朝の新聞に「藤田嗣治の乳白色の画面は、ベビーパウダーを使用したと見られる」という記事がありました。

検索するとNHKのニュースもありました。
http://www.nhk.or.jp/news/html/20110113/t10013365021000.html

「乳白色の色合いや、滑らかな質感を表現するために..云々」と報道されています。

私はフジタについて好きな絵もあるけど特別関心があるわけではないので、ほかにもタルクを地や表現に使用したという根拠があるのかどうかは知りませんが、この報道だけで判断する限り、違うような気がします。

フジタの様な平滑できれいな地に直に手をおいて描くと、どんなに手を洗っていても描いている間に汗や油で必ず画面が汚れる(平滑地に描いている人なら誰でも知っている)ので、そのために手にベビーパウダーをつけただけなんじゃないですかねえ?

報道されている写真では、フジタは直に手を画面において描いてる様な写真と、紙を手の下に敷いている様に見える写真があります。(どちらも不鮮明でよく分かりませんが)
手袋をはめて描くと繊細な筆遣いが出来ない為の工夫であって、ベビーバウダーがあの乳白色の画面の秘密では無いと思いますけど....

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日々雑感


名古屋三越美術画廊個展
2011/01/09 21:02 |
名古屋三越栄店で1月12日(水)~1月18日(火)まで個展をさせていただき
ます。

私は15日(土)と16日(日)の午後在廊の予定ですので、お気軽にお声掛け
下さいませ。

どうぞよろしくお願い申し上げます。

名古屋三越HP
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事務的な話題


賀正!
2011/01/01 08:08 |
あけましておめでとうございます。

昨年も駄文お読みいただきまして誠に有難うございました。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2011年の拙作展の予定は以下の通りです。(変更の場合あり)

1/12-1/18  名古屋三越

9/14-9/20  日本橋三越本店
Franz von Matsch
フランツ・フォン・マッチュ

スクリーンショット(2011-01-01 9.25.56)
拙作
【→つづきをよむ】
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事務的な話題




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