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ブグロー模写やってみた 前説 その2
2013/03/28 10:44 |
次にこの絵がどのような下層描き(エボーシュ)をしているのかですが、
美術の窓の拙稿「古典的描法による油彩表現」( 2011年 01月号ー03月号)



では、下層描きは顔は固有色で、他は白+バーントアンバーで行いました。

私の白+バーントアンバーの粗描きは、「褐色と白で丁寧に描いたモデリングに透明色をグレーズして仕上げるいわゆるカマイユ」ではなく、トレース線を油絵の具に置き換えて輪郭と影の位置を描く事と、色の深みを出す事と、絵具層の厚みを出す事が目的の、上に不透明に上層描きする事を前提にしたざっくりした下塗りで、白+バーントアンバーのこのような下層描きのやり方は、古典作品ではそんなに作例は多く無いと思います。

「古典技法」ではなく、あくまでも「古典的な方法」であって、青木敏郎先生の方法の自分なりの変型です。(「洋画を学ぶ」P104〜「静物ー青木敏郎」参照)



ちなみにブグローと同時代のこの人は、確証は無いけど見たかんじバーントアンバーと白で下層描きしているっぽい。
254878.png
http://www.sandstead.com/

「印象派神話」のせいか、それ以前の昔の画家達はみんな同じ描き方を固守しているかのようなイメージを抱かれがちですが、昔の画家もどの様に描くかは自由で、色んな地の色に色んな手順で描いている事は、拙ブログの
http://paintingsfuruyoshi.blog56.fc2.com/blog-entry-307.html

http://paintingsfuruyoshi.blog56.fc2.com/blog-entry-66.html

http://paintingsfuruyoshi.blog56.fc2.com/blog-entry-242.html

をご覧いただけれはと思います。

追加にこんな例⬇
wbeb1.png
Pelagio Palagi 19世紀

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ヴァン・ロー 18世紀

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George Dawe 19世紀


どんな方法をとるかは、絵をどう進めてどう仕上げたいかによって個々に画家が判断するもので、昔の絵がどれも同じ手順で描いてあるわけでもなければ、個々の画家もいつも同じ手順で描いているわけでもありません。

ブグローのスケッチも灰色地のみではありません。⬇
bwetu1.png

bwetu2.png


さて「ガブリエル・コット」はとても丁寧に塗り込まれているため、どのようなエボーシュが行われているのかを見極めるのは難しいです。
古典絵画や19世紀絵画は、うすい褐色が下層に見え隠れしている事が多いですが、この絵も所々わずかに褐色が下層に見えるので…. 
         ⬇   
wb11.png

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この⬇ブグローの絵のように、下にまず褐色を塗っているものと推測。

wb.png

http://www.sandstead.com/images/virginia_museum_of_fine_arts/

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⬆目の上の影や髪のはえぎわ、首の影などに透けて見えます。
wb16.png
⬆指の影やお尻の下の方。

今回模写するにあたり、19世紀の工程を探るために、アルバート・ボイム著「アカデミーと近代絵画」を購入。


この本は2005年の発刊時に書店でパラパラと見て、値段に見合うだけの情報は無さそうだったので買ってませんでしたが、19世紀のアカデミー画家たちの制作に関する当時の文献を集めていて、今回エボーシュについて色々参考になりました。

この本の論旨は、アカデミスムと近代絵画は対立するものだという一般的な認識に対し、実はアカデミストたちもエボーシュ・スケッチ・エスキースなどの持っている芸術性も認めていて、アカデミスムと近代絵画は同じ流れの中にあるもので、アカデミスト批判は不当なものだという事を論証しようとしたものらしく(「したものらしく」というのは、拾い読みしただけで完読してないので)、そのためエボーシュやスケッチ・エスキースの話が中心となっています。

この本の、「前衛=善、アカデミー=悪」という「常識」を痛烈に批判した序文は痛快ではありますが、著者がこの本のおかげでアカデミスム絵画の復権や、写実画の復活に大きく寄与したとしている事については少々疑問です。(美術評論というものには全く興味がないので、こういう本が美術全体にどれほどの影響があるものかは知りませんけど)

アカデミー絵画(この名称については長々と説明が必要ですが、面倒なだけなので、「19世紀後半の、生粋の印象派ではない、写実的な上手い絵」としておきます)の衰退は、印象派やそれに続く近代絵画の様な「正しい絵画」が現れたためではなく、社会の情勢や流行の変化や「飽き」が大きな原因だと思います。

美術は崇高で永遠のものと持ち上げられがちですが、やっぱり時代時代の流行というものにも左右されていて、サージェントでさえ晩年は学生達から「流行遅れの画家」と思われていたようです。

第二次大戦の後は、戦争への反省から、「教養人たるものは共産主義的思想を持つ事が当然だ」という考えの蔓延のもと、古い権威の否定から、アカデミー画壇=悪と決めつけるエセ知識人がはばをきかしてたわけで、私の若い頃も「宮廷画家=悪人」という事を、私に得意げに語ったスノッブがいました。 

しかし共産主義国がどこでも徹底したダメっぷりを見せつけてしまったし、「破壊」や「実験」ばかり見せられてもいいかげんウンザリだしで、その幻滅から次第に世の中の潮流は変わっていき、必然として絵画に限らず思想・哲学・文学・音楽等々いろんな分野で古典の復権が行われてきたので、この本が美術界の潮目を変えたというのはどうなんだろうと思います。

一方、この本は19世紀の絵画技法に関する膨大な一次資料の文献を渉猟・引用して書かれているので、「印象派以前の絵はどれもグリザイユ/カマイユにグレーズで描かれている」という間違いを信じ込んでしまっている方達には、その誤りを正す事に役立ちます。(著者の意図しなかった点ですが)

さて本題に戻りますが、私は寺田春弌著「油彩画の科学」を読んで、「エボーシュ」とは褐色の下層描きをさすものと思い違いをしていましたが、この本で固有色の下層描きもエボーシュと知りました。

「アカデミーと近代絵画」には19世紀のエボーシュの工程や使用色の例がいくつか書かれていますが、何度も申しています様に、画家の数ほど描き方があり、ここに書いてあるのはひとつの例であるという事に留意して読んでいただきたいと思います。

たとえば最初に輪郭や陰影を描く際、レッド・オークル(原文ママ)を使うと書かれていますが、確かにレッド・オーカーっぽい色を使っているものもよく見ますが、誰もがこの色で描くわけでは無く、バーントアンバーもよく使われていると思います。
 
⬇左レッド・オーカー(オークル・ルージュ) 右バーントアンバー 
WBrobu.png

前説 その3につづく....



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